外郎売(ういろううり) 原稿・音声付


アナウンサーや俳優、声優の基礎訓練法の一つに、「外郎売」というものがあります。

この「外郎売」は、享保3(1718)年の正月、江戸の森田座で初演された歌舞伎十八番の一つで、「曾我物」の中の『若緑勢曾我(わかみどりいきおいそが)』の一幕を一部独立させたもの。二代目・市川團十郎が「ういろう」という薬を売り歩く行商人、“畑六郎左衛門”、実は“曾我五郎”を演じたのですが、日本初のコマーシャルと言われているんです。

というのも、市川団十郎が咳と痰の病気にかかってセリフが言えず、「このままでは廃業」と悩んでいたとき、この「ういろう」を試してみたところ、見事、完治! この薬を世に知らしめたいと「外郎家」を説得し、行商などしていないのに行商人に扮して「ういろう」を売り歩く、このシーンを創作。その後、時は流れ、早口で読み立てる「外郎売」の口上が発声や活舌(かつぜつ/滑舌とも)練習にうってつけということで、演劇人やアナウンサーなどの練習材料として利用されるようになったというわけ。

僕が外郎売の存在を知ったのは小学6年生のとき。「声優になるには」みたいな本に活舌の練習用として、この「外郎売」のほか、落語の「寿限無(じゅげむ)」、 「ガマの油売り」の口上、北原白秋の「お祭」に「五十音」が載っていました。しかし、どれもが文字として本に載っているだけで音声などは無く、アクセントや節回し、テンポなどが分かるわけもなく……。唯一、寿限無だけが聞いたことのある程度。あとは、ガマの油の極一部、「一枚が二枚、二枚が四枚」(笑)。 そんな僕が外郎売をマスターしたのは、それから8年経って声優養成所に入ったとき。同時に、「お祭」と「五十音」も知りました。

さて、なぜ「外郎売」を取り上げたのかというと、2年ほど前、新人声優さんと話をしたときに、「存在は知っているんですけど、習っていないからどんなものか知らないんですよ」と言われたから。僕にとって外郎売は、表現者の基礎中の基礎。俳優やタレントにはたくさんいるだろうけれど、外郎売を知らないアナウンサー・声優・劇団俳優はいないと信じて疑っていませんでした。それなのに……。どこで学んだか聞いてみると、専門学校の声優コース出身でした(;_;)。 講師、誰だったんだ?

確かに「外郎売」をマスターしたからといって実力が付くわけじゃないし、活舌が完璧になるわけじゃない。「覚えたけれど面倒くさくてやらなかった」「そんなに一所懸命、外郎売はやらなかった」など、そんな外郎売不真面目な人でもデビューできたという人はたくさんいるはず。また、デビューして3年以上経ったプロのアナウンサー・声優で、毎日「外郎売」をしている人なんて、おそらく1割もいないはず。でもね、外郎売をマスターしておいて得はあれど損は無い。頭に入れておくだけで道具なんかなにも無くても、その気にさえなれば、いつでもどこでもできる手軽な訓練法なんだから。確実に言えることは、外郎売を基礎訓練に取り入れている人といない人とでは、取り入れている人のほうが絶対に短期間で伸びる人が多いと思う。なので、僕はぜひとも外郎売をマスターしてほしい。養成機関に入る前に外郎売をマスターしておけば、入った時点で周りより幸先のいいスタートを切れ、ずいぶんほかの人よりリードできるし。

マスターする際に注意してほしいのは、これは「早口言葉ではない」ということ。早く言えたほがいいに越したことはないけれど、あくまでも活舌の訓練法。 ゆっくりでいいから確実に、きちんと言えるようになること。また、信頼できる指導者がいない場合は、変なクセを付けないよう慎重に!

ところで、「外郎売」の原稿ですが、手書きによる書き写しの際に変化したらしく、セリフの言い回しや漢字の読みに若干の違いがあるバージョンが、いろいろ出回っています。どれが正しい言い回しかは、今となっては分かりません。なので、自分の判断で組み合わせていいと思います。かくいう自分も、自分の言いにくいものを選んだり、文脈上、こっちのほうが合っているのでは? というものを組み合わせています。

例を挙げると、

「まち」か「ちょう」・・・町
「いちりゅう」か「ひとつぶ」・・・一粒
「なって」か「なりて」
「しん」か「くちびる」・・・唇
「いっちょうだこ」か「ひいだこ」・・・書き写し間違えによる「一丁だこ」「干だこ」
「おちゃちゃとたちゃ」「おちゃちゃっとたちゃ」・・・小さい「っ」が入るかどうか

など、ほかにも多数(^^;。

参考までに僕の「外郎売の原稿」と「外郎売」の音声を載せておきますので、よろしかったらご利用ください。自分が外郎売になったつもりで大きな声でゆっくりと、活舌良く「ういろう」を大衆に向かって宣伝してください。発声・活舌・演技と、1度で3種類の訓練になります。

一通り、外郎売の基本形をマスターしたら、ご自分の好きなようにアレンジしてください。笑いながら、怒ったように、高めの声で、と〜ってもゆっくりなテンポで、物真似をしながら、などなど。

平成24年6月6日

※小田原の「ういろう」本店にあるセリフを見たい方は、「活舌の訓練に良い外郎売について」をご覧ください。また、僕流の「外郎売」以外のほかの「外郎売」原稿も「その1」「その2」と2つ載せてあります。さらに、北原白秋の「お祭」「五十音」も載せました。参考にどうぞ(^^)/。