オレはグレートマジンガー! 4

辰巳出版70年代TVアニメ検証第二弾「オレはグレートマジンガー!」掲載
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『グレートマジンガー』に垣間見られるその時代性
                     神辺宏樹

 20世紀も残り少なくなった’90年代。パソコンや携帯電話の普及により加速度的に普及した「インターネット」 や「電子メール」、青少年の急激な性的解放により世を賑わせた「援助交際」などが、様々な形で映画やドラマに扱われた。その一昔前の’80年代は、青少年の非行や家庭環境の変化により、学園ドラマの様相が変わった。オートバイを乗り回したり、校内暴力に明け暮れた不良行為 は影を潜め、いじめ、自殺、家庭内暴力など、陰湿さが増したのである。’70年代と比べると、明るくさわやかな印象が薄くなった感じを受ける。
 さらにもっと古い例を挙げるならば、『ゴジラ』。言わずと知れた、日本映画が生み出した大怪獣である。映画の公開は 1954年11月3日だが、その年の3月1日に、この映画に多大な影響を与えた事件が起こったとをご存知だろうか。静 岡・焼津港所属の漁船「第五福竜丸」 が、太平洋のマーシャル諸島ビキニ環礁で操業中、アメリカの水爆実験により被爆。世界初の水爆による犠牲者を出した「第五福竜丸事件」である。
 このように、どの作品にも作られた「時代」というものが多かれ少なかれ反映されている。 その頃に流行ったジャンルや言葉、世間を賑わした事件など。この『グレートマジンガー』もご多分に漏れず、その当時の様々な時流を垣間見ることができる。そこで、そ れらを検証してみた いと思う。

●超能力・オカルトブーム

 第6話「地獄におちた剣鉄也」は、悪霊型戦闘獣サイコベアーがグレートマジンガーそっ くりの人形を作り、「わら人形の呪い」よろしく、五寸釘ではなく針を、その人形の胸に刺し込むのである。そのせいで、心臓に錐で刺されたような激 痛が走り、もがき苦しむ鉄也。視聴 者には痛みの原因がわかるが、兜博士やジュン、シロー、そして当の本人である鉄也には、当然ながらわからない。原因不明 の痛みに苦しみ続けるのである。 「呪いだ、悪魔の……。鉄也お兄ちゃんは悪魔に取り憑かれてるんだ」「近代文明の社会の中に悪魔なんかいるはずない。そんなこと言うと笑われるわよ」「そんなこと言ったって、今は神秘なことが起こる超能力の時代なんだぜ」
 この、シローとジュンの会話や、鉄也の「誰かが俺を呪っている。そんな気がするんだ」という台詞に、現在では唐突な印 象を受けてしまうが、当時の世情に照らし合わせてみると実は納得のいく会話なのだ。
 1974年3月7日に放送された『木曜スペシャル』に、前年に日本テレビの『11PM』 によって特集が組 まれたスプーン曲げの超能力者「ユリ=ゲラー」が出演 していたのである。そう、「超能力・オカルトブーム」である。この生放送中、イスラエル出身の超能力者ユリ=ゲラーは、スプーンだけでなく金属のボルトを曲げたり、視聴者の家にある止まっている時計を動かしたりして、多くのテレビの前の視聴者を驚かせた。これが、多くの人が一生懸命にスプーンを曲げようと擦り続けた「超能力ブーム」の始まり。その後、テレビを見ていた視聴者の中からもスプーンを曲げることのできる者が現れ、しばらくの間、スプーン曲げブームが続くことになるのである。
 この「超能力ブーム」と並行して起こったのが、「オカルトブーム」。『ノストラダムスの大予言』(五島勉)が2〜 3月のベストセラーにランクインしたかと思うや、漫画『うしろの百太郎』(つのだじろう)の連載が開始、7月13日には前年に各国で話題になった映画『エクソシスト』(ウィ リアム=フリードキン監督)が公開されて、素晴らしい興行成績を収めたのである。
 「超能力」も「オカルト」も、非科学的なもの。これら2つの相乗効果もあって、神秘主義 や超能力、超自然現象に対する 関心が高まり、世間に一大センセーションが巻き起こったのである。ちなみに、超能力ブームは一応の鎮静化を見せたが、オカルトブームは名称をいろいろと変 えながら、現在も続いている。
 さて、『グレートマジンガー』では第6話だけでなく、敵であるミケーネ帝国にも「超能力・オカルトブー ム」が反映されている。暗黒大将軍・地獄大元帥が指揮する「7つの軍団」にも取り入れられているのである。7つの軍団は、「猛獣」「超 人」「怪鳥」「怪魚」「悪霊」「昆虫」「妖爬虫」の7種類であるが、「悪霊」だけ他との統一感という意味では違和感がある。「悪霊」以外は、地球上に生息 している生物である。果たして、ど のような理由で「悪霊」という分類ができたのであろうか。
 『グレートマジンガー』の放映開始は1974年9月8日である。企画・立ち上げの時期を逆算すると、ちょ うど、「超能力・オカルトブーム」の華やかなりし頃にあたると思われる。「超能力・オカルトブーム」の影響により取り入れたと考えれば、納得がいくのである。
 しかし第6話で不思議なのは、グレートマジンガーの等身大人形に針を刺し込んで、どうして剣鉄也の胸が痛むのかである。グレートマジンガーでなく、剣鉄也のわら人形なら話はわかるのであるが……。

●「アチョ〜ッ!」

 第34話「今だ出せ!! バック・スピン・キック!!」の冒頭で、いきなり「アタタタタタタタ タ!」という奇声が響いた。キックやパンチといったカンフー系のアクションが、所狭しと画面を駆け巡る。浜辺での、鉄也の稽古シーンである。
 それまで、どこにも出てこなかった『グレートマジンガー』に、突如としてそのようなシーンが登場する。そしてグレートマジンガーにも、一旦相手を空中へ放り上げ、落ちてくるところへジャンプして膝蹴りで破壊する「ニーインパルスキック」 と、身体を回転させ足で相手を蹴る 「バックスピンキック」という2つのアクション技が、新たに開発される。2つとも、膝とスネに強力な武器を内蔵して、戦 う時に飛び出させ、グレートマジン ガーの攻撃を効果的にするものである。前回の戦闘で足を狙われ、故障させられたことによる強化策であるが、この鉄也の稽古とグレートマジンガーの技のあまりの奇抜さは、一体どこから出てきたものなのだろう。
 それは、ブルース=リーである。 1973年、世界各国でオリエンタルブームを巻き起こした映画『燃えよドラゴン』の主役である。悲しいことに、世界的大ブームを巻き起こすことさえ知らず、ブルース=リーは『燃えよドラゴン』の世界公開を待たずに、その年の7月20 日、原因不明の病気で亡くなっている。享年32歳だった。
 その世界を席巻した映画が、やっと日本でも12月22日に公開された。前評判の高さが示す通り、たちまち日本でもドラ ゴンブームが巻き起こった。このブームのすごいところは、『燃えよドラゴン』のロングラン上映中である1974年4月 13日に、ブルース=リー映画第2弾 として『ドラゴン危機一髪』を公開 し、3ヵ月後の7月20日には第3弾として『ドラゴン怒りの鉄拳』が公開されたことである。7ヵ月という短い間 に、3本ものブルース=リー映画を上映しているのである。しかもその間、香港のカンフー映画も多数公開され、和製ブルース=リーとして、倉田保明の主演映画もヒットするなど、日本はブルース=リー一色に染まっていたのだ。
 そんなブルース=リー人気が垣間見えるのが、この第34話である。この回の戦闘シーンにも影響が現れ、今までと違って肉弾戦がメインとなっている。しかし悲しいことに、その後この2つの技は、あまり頻繁には使われない。

●「永久に不滅です」

 第25話「ピンチ!! 飛べビューナスA」は、ビューナスAの飛行装置「ビューナススクランダー」 初登場の回だが、シローの操縦するロボット「ロボットジュニア」が登場した回でもある。このロボットジュニア、幼児雑誌の「テレビマガジン」(講談社)による一般公募 で決定したデザインだが、子供たちの日常生活における、ある憧れのスポーツをモチーフにしている。それは「野球」であ る。操縦機である「ジェットキャッ プ」はヘルメットの形をしており、「アイアンバット」というバットのような棒も武器として装備。ユニフォームこそ着てはいないが、野球選手を思わせる作りになっている。
 1974年10月14日。一人の国民的英雄が5万人の観衆を前に、その栄光に輝く舞台の幕を閉じた。挨拶の言葉は「我 が巨人軍は永久に不滅です」。ミスタージャイアンツ・長嶋茂雄である。1958年に巨人軍に入団した彼は、この日、17年間の選手生活を終え、通算 2471安打、通算本塁打444本という記録を残し、38歳で現役を引退したのである。本来ならば13日のはずが、雨のため14日に延期。しかし、その雨で中止になった13日に、徹夜組を含めて3千人が並んだのである。長嶋人気のすごさがうかがえる逸話である。
 野球は、日本の国民的人気スポーツの1つである。老若男女、見る者すべてが熱中し、ひいきチームの勝利に一喜一憂する。現在では、1993年にサッカーがプロ化されて「Jリーグ」が始まったことにより、サッカー選手である「Jリーガー」を目指す子供たちが増えたが、当時のプロスポーツというのは「野球」「プロレス」「ゴルフ」「相撲」「ボクシング」「競馬」「競輪」「競艇」くらい。この当時の子供たちは、多くが野球選手に憧れ、リトルリーグに通っていた。それほどの野球ブームだったのである。
 長嶋茂雄引退の同じ年の1974年の7月24日、同じプロスポーツとして、我が国の国技 である相撲界にも衝撃が走っ た。21歳2ヵ月という若さで、北の湖敏満が横綱に昇進。史上最年少横綱として世間を賑わした。しかし子供たちにとっては、野球選手の方が憧れの的。悲しいかな、相撲は『グレートマジンガー』には反映されていないようだ。

●働くニッポンのお父さん・お母さん

 第49話「耐えろシロー!! 勇者に休日はない」は、第26話で親子と認め合った父・兜剣造と息子 のシローの父子ふれあい旅行の話である。その第26話から23話も経った第49話で、初めて休暇が取れた剣造は、シローと親子水入らずの旅行に出発する。ところが、着いた早々、キャットルー軍団に襲われてしまう。科学要塞研究所に連絡を取ると、研究所もミケーネ帝国に襲撃されていると いう。研究所に戻ることにした剣造 に、「せっかくお父さんと遊べると思ったのに! 僕、今日のお休みずっと楽しみにしてたんだ」と、シローは泣き叫ぶ。
 剣造は、「小さな幸せを追いかけて、大きなものを失うようなことはできないんだ。悪魔どもを葬らない限り、永遠にお前 と楽しい休日を迎えることはできないんだ」と諭すのである。
 そんな第49話に見え隠れするのが、海外各国から「働き過ぎ。もっと休みなさい」と言われた日本の働くお父さん、お母 さんたち。『グレートマジンガー』の放映が終了してからずいぶん経った1987年。海外からの強い圧力もあって、やっと 労働時間法制に修正が加えられた (施行は1988年4月1日から)。「週40時間労働制」になり、「フレックスタイム」などが導入されたのである。しかし、この作品が放映されていた当時 は、そんなことにはおかまいなしの「週48時間労働制」。高度経済成長の波に乗り、豊かな暮らしになった日本だったが、 石油危機のせいで不況に陥り逆戻り。それでも、有給休暇を返上し、家族のために、会社のためにと、汗水流して働いていた。
 そんな会社人間のお父さんお母さんのために、涙を流していたのが子供たちで。休みの日にどこかに連れて行ってもらうとか、遊ぶ約束をしたにもかかわらず、仕事のために無期延期。「仕事と僕(わたし)と、どっちが大事なの?」「お父さん (お母さん)のうそつき〜!」など と、つい口に出してしまう悲しい子供が多かった。
 お父さんもお母さんも、大好きな子供たちとコミュニケーションを取りたいんだけど、やら なければいけないことがいっぱ いある。良い子だから辛抱しておくれ、ということを代弁したお話だった。
 ちなみに番組では、「お父さん、良かったね。僕の休日半日になっちゃったけどさ、僕、満 足だよ」と、無事、戦闘獣を倒 した後の、ちょっと大人になったシローの一言にホッとした父・剣造だが、現実のお父さん、お母さんたちはどうだったのだ ろうか。

●「せまい日本 そんなに急いで どこへ行く」

 第52話「戦闘獣志願!! 逆光線に散った青春!!」は、町からの帰りに暴走族にからまれたジュンが、その中に孤児院で幼なじみだった生田信一郎の姿を見つけることから始まる。ジュンは、暴走族の一員となり、目的を持たず無駄に時間を過ごす信一郎に説教をするが、 ジュンと別れ、グレートマジンガーの戦いを見た信一郎は、「お前たちの青春とは、いたずらに終わりのない戦いを繰り返すことなのか。俺は違う。暴走族と決別して、永久に戦いを終わらせ、孤児というだけで俺をバカにした世間の奴らを見返してやる」と、単身、闇の帝王のもとに向かう。ところが闇の帝王に騙され、リモコンの爆弾を仕込まれた戦闘獣ゲルニカスにされてしまうのである。
 意気揚々とグレートマジンガー、ビューナスAの前に現れた信一郎は、「平和なんて、あな たが考えてるほど簡単に、戦争 が終われば来るってもんじゃないわ。平和の本当の価値を知らないあなたは利用されただけなのよ」と、自分が騙されたことを知り、発電所を守って、無敵要塞 デモニカ内で爆死してしまうのである。
 そしてこの回は、「信一郎さん、あなたは急ぎすぎたんだわ」と、頬を涙で濡らすジュンで終わるのである。 何やら重い、 無意味な青春の日々を送る若者の姿を描いた話である。
 当時は、社会に対する不満が「非行」という行為で現れ始めた時期。オートバイや車を連ね、騒音や無謀な暴走行為をする集団が、「かみなり族」から「暴走族」へと名称が変わり、青少年の薬物乱用、特にシンナー中毒が流行し、学校では校内暴力の嵐が吹き荒れた。目的もなく、 無気力に青春を過ごす若者たちの横行である。とくにオートバイや車による無謀な暴走行為で、いたずらに命を落とす「死に急ぐ」若者たちが多かったのである。
 「せまい日本 そんなに急いで どこへ行く」。これは、1973年度の交通安全・年間スローガンに選ばれた、最優秀作 品3点のうちの1点である。暴走行為の若者を象徴し、高度経済成長期の日本を告発する意味も内包しているとして、世間の 共感を呼んだ標語であるが、死を急ぐ若者たちへの歯止めの意味合いも含んでいるのである。
 『グレートマジンガー』は、華やかな好況に湧いた高度経済成長が終わりを告げ、不況の道 を走り始めたばかりの日本を、 見事に反映した作品だったのである。